尾形乾山関連エントリー

モダニスト尾形乾山

... 尾形乾山 三十代の仕事ぶりがよく解かる。日本の織部や 唐津 、中国、朝鮮、ベトナムやタイ、さらにオランダのデルフト焼きなど、多岐にわたる「写し」を試みていた。異国趣味が強烈で、何より斬新なデザインが溢れるように出ている時期だったらしい。 ...

モダニスト尾形乾山

大琳派展 その四 尾形乾山

尾形乾山の作品はやきものが17点、絵画が4点の計21点。後期(10/28~ 11/16)に出品される藤田美蔵の角皿2点以外は会期中展示される。 これまで、乾山のやきものは昨年の‘乾山の芸術と光琳展’(出光美)など大きな回顧展があるたびに欠かさ ...

大琳派展 その四 尾形乾山

巨匠尾形乾山(けんざん)の命日。華麗な人脈は関白にもつな ...

... 尾形乾山の名前は、弟子に引き継がれたらしい。六代目の尾形乾山がバーナード・リーチに日本式の陶芸を伝授したそうです*3。 ◆参考*1:書籍「日本史こぼれ話 近世・近代」初版46~47頁、笠原一男・児玉幸多著、ISIBN4-634-60340-3 ...

巨匠尾形乾山(けんざん)の命日。華麗な人脈は関白にもつな ...

尾形乾山の茶碗

想定外?。オークションで、「尾形乾山」の茶碗、落札しました。 というと、高い買い物、したな、と思うでしょうが、これが、想定外の安値。探り、で付けた価格でそのまま落札。 もっとも、本物の「尾形乾山(尾形光琳の弟、江戸時代の人)」であれ ...

尾形乾山の茶碗

[雑感]『日本語の危機とウエブ進化』読了

... 「ロシア文学を 勉強 するためにハーバードに行く」というのは面白い、というか日本においても例えば 尾形乾山 や 光琳 、あるいは琳派のことを知ろうとすると必ずと言って良い程日本語での解説と同等かそれ以上に詳細な解説が行われている英語の 書籍 に ...

[雑感]『日本語の危機とウエブ進化』読了

尾形乾山とは?

Ogata Kenzanfr:Ogata Kenzan
尾形 乾山(おがた けんざん、 寛文3年(1663年) - 寛保3年6月2日 (旧暦) 6月2日(1743年7月22日)は、江戸時代の絵師、陶工。
京の呉服商雁金屋の三男として生まれる。尾形光琳は兄にあたる。乾山の性格は、遊び人で派手好きだった兄・光琳と対照的に内省的で、隠遁を好んだという。37歳の時、京の北西・鳴滝に窯を構える。「乾山」の号は都の北西(乾)の山に窯を築いたことに由来する。のち69歳の享保16年(1731年)、江戸・入谷に移り住み、81歳で没した。
乾山の名は2代、3代と受け継がれていった。6代乾山(1851-1923年)はバーナード・リーチの師。(現在、陶芸家山本如仙が8代目を称しているという)

尾形乾山の詳細